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どれほどの時間、地べたで打ちひしがれていただろうか。
もう休みたい。このまま眠りたい。
そう思うものの、車の騒音が絶え間なく響き渡るこの環境では、すべてをあきらめて眠ることもままならない。
わかってる。
このまま座っていても、誰も助けてくれないんだ。
これが100kmウルトラマラソンなどの大会であれば、リタイアしたり負傷した競技者を運営側が車で拾ってくれたりするのだろう。近くの救護ポイントまで連れてもらえるのだろう。
だけど、これは「俺のピクニック」。
何があっても、すべて一人で解決しなければならない。
そう、このままへたり込んでいても、時間が過ぎるだけで何も解決しない。
――どうする?
もう、迂回する気力も体力も、ない。
……タクシーを使うか?
この橋の区間だけ車を使う、というのは確かに現実的な案だ。東京アクアラインだってバスで通ったじゃないか。歩行できない区間は車を使う、何の問題がある?
……だけど……。
本当にタクシーを「橋を渡る区間だけ」使えるのか?
いまの状態でタクシーを捕まえたら、そのまま自宅まで乗っていきたくなるだろう。その誘惑に耐えられるか?運転手に「橋を渡ったら降ろしてください」と指示できるのか?
ふと顔をあげると、まるで仕組まれたかのように、個人タクシーの営業所が目の前にある。晴天の下、運転手らしき男性が、ホースとブラシでタクシーを洗車している。
ちょっと声を出せば、助けてくれる
一声かければ、このまま自宅まで連れてってくれる
視界がぼやける。
思考が鈍っているのを感じる。
もう一人の自分が、自分に対して説得を続ける。
もういいじゃん
俺はよく頑張ったよ
GPSをタクシーの窓際に置けば、ログだって取れるよ
これで100km歩いたことにすればいいじゃん
反論する理由がない。抗う気力がない。
タクシーで帰って、今日はもう寝ようよ。後半からゴールするまでの区間は、適当に文章を創作すればいいだろ?
すさまじく魅力的な提案。
だけど……。
だけど、本当にそれでいいのか?
更新すれば、きっと「100km踏破、お疲れ様でした!」とみんなは労わってくれるだろう。そういうメール1通1通に、「いやーゴールまで大変でしたよー」と嘘をつき続けるのか?
おそらく、この企画を再度実行することはない。もう二度と100kmを歩くことはない。
100km歩いたことになってるけど、本当はタクシーでゴールした
そんな嘘を一生背負っていくのか?会う人すべてに嘘をつき続けるのか?そんなことでこの先、胸を張って生きていけるのか?
最後の数kmをズルをしたことで、100km歩いたことを、無駄にしてしまっていいのか?
ふと、口元に手を当てて愕然とする。
俺、
タクシーで帰ろうと考えていたとき
無意識にニヤけてた
……ふざけるなっ……。
……ふざけるなっ……ふざけるなっ……ふざけるなっふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなああああああああああああああああああああ!ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
声にならない叫びが体を満たす。どうして自分で自分を殴れないんだろう。危なかった。自分に負けるところだった。太ももを叩き、両手で固まった膝を強引に伸ばして立ち上がる。歩いて迂回する!たとえ何時間かかっても迂回する!絶対に歩いてゴールしてやる!!
砂埃に塗れたアスファルトに一歩踏み出す。動かない左足は、すでに重りでしかない。だけど、一瞬ならば体を支えることができる。1歩、数十センチを刻みながら、迂回路に沿って北へと向かう。
誰かが言っていた。体力的に、24時間で100kmを歩くことはできる。ほとんどの人がリタイアする理由は、精神的に100km歩くのが困難だからだ。
時刻は8時30分。
残りの距離は10km程度。
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