ball03wls.gif (1536 バイト)「俺のピクニック」100km歩行記(13)ball03wls.gif (1536 バイト)

トップページ 戯言 > 俺のピクニック(13)





23.第8チェックポイント:「東京湾橋架エリア」
   (7:45 スタートから23時間20分経過)

 

 ひどい。

 この道も想像以上にひどい。

 橋が乱立している。

 橋のたもとから見ると、まるで山脈のように道路がうねっていて、向こう岸はまったく見えない。必死に山を登ると、ジェットコースターのような下り坂が続く。その繰り返し。何回も何回も、上って下りて、上って下りて、上って下りて、上って下りて。

 すでに自分がどの橋を渡っているのか判らない。そろそろ終盤か?と思って手元の地図を見ると、いまだ1/4も進んでないことを知って愕然とする。

 道路は明らかに車優先で作られていて、歩道は人が一人通れるかどうかの狭さ。右耳の数十センチ横をかすめるように、トラックが騒音と排気ガスを撒き散らして走り抜けていく。

 雲ひとつ無い晴天の下、徹夜明けには辛い量の紫外線がさんさんと降り注ぐ。疲れた。本当に疲れた。汗と砂とススで汚れた顔を拭うこともできず、ひたすら前へと進んでいく。もはや座って休憩ができない。立ったままフェンスによりかかり、立ったまま道路標識にもたれて休むしかない。

 ふと時計を見ると、スタートから24時間が経過しようとしている。

 そうか……。24時間テレビのマラソンランナーは、そろそろゴールするころなのか……。

 スタート時には「翌日の早朝には着くだろう」なんて暢気なことを考えていた自分が嘘のようだ。

 「24時間で到着できなかった」

 誰に強いられたわけでもないのに、勝手に自分で作り上げた期限を守れなかったことで、無駄に心理的ダメージを負う。

 くそぅ……予定ではもう、布団の中で休んでいるはずの時間なのに……。

 しかし嘆いてもゴールは近づかない。すでに感覚がない左足を引きずって、またひとつ橋を越える。もう少し……。もう少しでこのエリアを突破できる……。

 

 

 そして、最後の橋を渡ろうとしたとき。

 事件が起こる。

 

 

24.橋の終わり 悪夢の始まり

 江戸川を越えるため、最後の橋「市川大橋」のたもとへと到着。そのとき、ようやくある事実に気づく。

 

 

 歩道が

 

 ない

 

 

 

 ばかなっ!きっといままでの橋のように、どこかに歩道があるはず!……そう思って見回してみるものの、人が通るような道がどこにも無い。京葉地方を結ぶ交通の大動脈たる湾岸線にはすさまじい台数の車両が行き来しているものの、歩行者の気配がどこにも無い!見えるのは、どこまでも幅が広い、車両用道路のみ――。

 このルートを決めたとき参考にしたのは、Navitimeというサイトだった。そういえば、あのサイトは自動車用だった気が……

 

 あっ ああっ あああっ あっ……

 ばかなっ……そんなっ……そんなっ……

 

 一瞬、「車道の端っこを歩けないか?」と思うものの、このスピード・この交通量の道路を歩くなんて、完全な自殺行為だと踏みとどまる。いや、いまの足の状態だったら、反対側にたどり着く前に、複数の車によってミンチにされてしまう……。

 

 あっ があっ ああ……

 迂回路っ……近くに迂回路はないのか……

 

 震える手でポケット地図をめくる。地図上の現在地から、川をさかのぼって調べていくが、江戸川を表す青い帯を横切る道路が見当たらない。かなり上流で横切る一本の線があるものの、地下鉄の橋であるため歩いては通れない。さらに、さらにさかのぼると、

 

 あった

 

 

 遠い

 

 遠すぎるよ

 

 

 

 今の俺に、この距離は歩けない

 

 

 

 

 終 わ っ た

 

 

 

 

 地図を落とし、そのまま地面に倒れこむ。膝を曲げたら最後、伸ばせないことが判っていたが我慢できない。焦点の合わない目で地面を見つめていると、汗か涙か涎かわからない滴が、転々とアスファルトに染みを作っていく。そんな私に追い討ちを掛けるかのように、汚れた私の顔を太陽がどこまでも焦がしていて。

 

 折れた

 いま、心が折れたよ

 

 うつろな目で、迂回路のある方角を見つめる。砂埃にまみれた道路の向こう側に、橋は見えない。

 

 

その14へ続く。