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 【小さい夏、見つけた】

 

 皆さんは、夏についてどのようなイメージをお持ちですか?私のイメージは、教室脇に並んだ花壇、太陽に熱せられた校庭、フェンスの向こうに湧き上がる入道雲。私の記憶にある夏は、中学時代に教室から眺めた校庭の風景なんです。

 あれから15年。私はあれ以上の夏に出会ったことがありません。

 

 ◇

 

 お盆休みに実家へ帰ったときのことです。自宅ですることもなく、だけど他に遊ぶ相手もいない。部屋でゴロゴロし続けるのも飽きた頃、ふと思い立ちました。

 「中学校を見に行ってみよう」

 私の通っていた中学校は駅から遠く、バスも通っていません。ゆえに引越しした現在の実家からは行く手段がなく、その結果卒業してから一度も足を運んでいないのです。

 別に、そこに何かがあるわけではありません。

 恩師に会いに行くわけでもなく、友人と待ち合わせをしているわけでもありません。

 ただ、なんとなく、見に行ってみようという気になりました。

 

 

 午後2時過ぎ。そんなに近くはないけど、あえて最寄り駅とするならばこの駅かな?と判断した駅のホームに降り立った頃には、空には鈍色の雲が立ちこめ、霧雨がしんしんと降り注いでいました。この程度の雨ならば濡れないだろうと判断し、霧雨を胸いっぱいに吸い込んで、かつて僕らが住んでいた街の方へ。

 再開発が進む駅周辺から見放されたかのように、住宅街はあの頃のまま霧雨でしっとりと湿っていました。中学時代、下校時に皆でジュースを飲んだ商店も、極彩色の保育園も、何もかもすべてがそのままで佇んでいます。不思議なほど、そのままに。

 今は……今は2006年だよな?急に自分が別世界に迷い込んだような気がして、時々携帯の日付を確認しながら進みます。

 好きだったあの娘が住んでいたマンション。自転車で大コケした交差点。驚くほど記憶そのままの街が、濡れた水彩画のように霧雨でぼやけています。夢の奥へと進むような気持ちのまま、かつての通学路を辿ります。あの竹林を抜ければ、思い出の校庭……。

 

 

 

 

 

 こんなに。

 こんなに狭かったのか。

 

 

 その校庭は街の隙間に埋め込まれたように、小さくまとまっていました。誰もいない校庭も、その横にある閑散とした校舎も、記憶より遥かに狭く、小さく。

 

 そう、中学生のころ、24時間のほとんどをこの中で過ごしました。いろいろな学校行事も、ちょっとした冒険も、友情も、恋愛も、15歳の人生すべてがこの小さな空間に閉じていました。この小さなトラックを数周することすら四苦八苦していたあの頃、緑色のフェンスの向こう側に広がる世界なんて想像できなかった。将来、入道雲の向こう側の土地に住むことになろうとは思いもしませんでした。

 

 中学生の私にとって、ここが世界の全てでした。

 小さな領域に閉じ込められた夏は凝縮されて、際限なく濃い色となって、当時の私の心に染み付きました。

 

 そう、私が捜し求めていた夏は、ここにあったのです。

 

 中学生の自分を今の私が見るように、将来の私が今の私を見て、その世界の狭さに苦笑する日が来るのでしょうか。そのころの私の世界は、どのようなイベントで彩られているのでしょうか。

 

 

 ――しばし佇んだ後、私は母校に背を向けて歩き始めました。雨はいつしか止み、湿気をはらんだ涼風とともに、夏には似つかわしくない優しい青空が雲の隙間から顔を出します。 その空は、どこまでも高く、澄み切っていて、まるで秋の空のようで。

 

 

 

 

 夏は、もう終わりです。